2015年7月25日土曜日

南方熊楠が語る「白良浜の経営」 大正7年9月17日、小竹岩楠、毛利柴庵、『牟婁新報』

白浜を温泉地として開発しようとした時、その実行者・小竹(しのう)岩楠は、やみくもに土地を開発したり、美しい海岸を埋立てたりしたのではなかった。
 自然破壊という深刻な問題が発生することを見透していた小竹岩楠は、南方熊楠を訪ねて、白浜の自然にはどういう特徴があるか、自然を守るためには何が必要か、開発に伴う道路建設の街路樹はどういう種類の樹木が適しているか、を聞いた。
 その仲立ちをしたのは、田辺・『牟婁新報』の社主毛利柴庵(さいあん)であった。時に、大正7年9月15日のこと。
 南方熊楠が語る「白良浜の経営」(白浜をいかに工夫して開発するか、という意味)を聞いた小竹岩楠は、この後間もなく、実際に白浜の用地を買収し、温泉の泉源を掘り出し、道路をつけて行く。
 現在の白浜温泉の始まりには、南方熊楠の助言がかかわっていることが分かる。
 小竹岩楠は、南方熊楠という大学者の助言を得たとのお墨付きが、事業の推進に必要だったのだと思われる。
 干潟や湿地が残り、美しい海岸が手つかずのままの白浜は、この日を最後に姿を少しずつ変えていくことになるのだが、その自然美を認識していた小竹岩楠の内的葛藤も見て取ることができる。
 
 田辺市立図書館にある『牟婁新報』の合冊版をもとにして、毛利柴庵が執筆した記事を、以下に翻字しておく。


 白良浜の経営について 南方先生百話 牟婁新報 大正7年9月17、19日

十五日の午後二時日高水電の小竹専務と同道して南方氏を訪問す。小竹氏白良浜土地会社の計画を語り「風致史蹟及其他の珍動植物損傷せずして目的を達したきに就き先生の教えを乞う」というに対し、先生語る所諄諄懇切を極む。左記は其大要にして文責は予に在り。敢て本欄に収む(柴庵)

◆白良浜方面にも語るべき事はあるが綱不知には珍品が多い。海が浅くて底迄見え透いて居るので濫獲の恐れがある。年々大阪の医学校の生徒が多数に来て取捲るから之も程無く絶滅するであろう。第一の珍物は
◆△蟹だ うまくは無いが体が大きいから珍しい。近年は段々少くなるようだが獲るにしても繁殖を保護するようにしたいものだ。其他にも『海の二十日鼠』それ此図に見えるやつや其他いろいろあるが一々話すと片っ端から獲尽すから浮々話は出来ぬ。(此時小竹氏白良浜の図面を広げる)
白良浜にも湯 の出る所は幾箇所もあろうが之も永久的に出るのか暫時的か明白でない。尤も海中を調べたら大に出る所があるかも知れぬ。旧物保存などいうでも時勢の変遷で別府温泉の如く大改革で旧態を留めぬもある。又横浜の如きもそうで浦島の塚などドコへ往つたか分らぬ程の大改革で以前の小漁村が大都市に変った。白良浜付近も今後は大に変わるであろう。先づ綱不知からズッと馬車道でも附ける計画なら道の両側に、生長し易い樹木を栽えるもよかろ。大阪城では紅葉に似たスズカケの木を栽えるそうだが之も生長し易い。橡(とち)などもよい。田辺あたりは梧桐(あおぎり)を栽えるのもよかろ。此時呉其濬(ごきえい)の『植物名実図考』を示し、この「無漏子」とあるのが
デートだが 之は棕梠(しゅろ)見たようで、実は食える。マホメットの生れた亜拉比亜(アラビア)辺では盛んに此デートを食うのだ。此通り行儀のよい樹だから境界樹などには至極よい。来月あたり来訪さるる筈の米国のスイングル氏は此の植物研究の為めにアルゼリアへ三度も往つた人だから、会って話を聞くがよい。能く伸びるやつで高さ四五間にもなる、日蔭を作るにはよい植物だ。先づ日蔭を作りそれから地味気候に適したものを栽えて行くがよかろ。先達て東京の商業会議所から、この
金草(うこんそう) の事を尋ねに来たが、之は染料になる植物で観賞用にもなるとて『本草図賦第七』を示めさる。始めはカシュミルにしかなかったものだが、享保年中に漢種が日本に渡ったとある。秋になると此図のような花が咲くのだ。之れなど栽えて染料を採るもよかろ。始めて植えて失敗しても落胆するには及ばぬ。度々やるので遂には成功するのだ。木犀(もくせい)なども実は成らぬものとしたのだが田辺では地味に適すると見え、連年生(な)るのを脇村夫人於高(おたか)の方(かた)喜多幅亡夫人於新(おしん)の方より戴き、前年スイングル氏に贈った。其木犀と同科に属するオリフなども七年もせねば実はならぬと云うたものだが田辺では年々成る。此樹などもドシドシ栽えて見るがよい。「綱不知辺」の禿山(はげやま)あたりに植えるにはこんなのもよかろ。日本人は此油を好かぬようだが西洋人向きには至極よいのだ。先年日露戦争当時尾張の知多郡の人がオリフ油で鰯(いわし)の缶詰をこしらえたがそれが十二疋入りで九十錢にも売れた。西洋には鰯は段々少くなるが田辺には多いのだから西洋人向きのオリフで好物の鰯の缶詰をこしらえるも妙である。之に鬱金草の香料を加味するなども面白い。香水を採るにはここに
素馨(そけい) というのがある。之も奇態な花が咲く。一本や二本でなく沢山栽える。一反二反も作ると遠方からでも其香気が鼻を撲(う)つ。広東に在る素馨という美人の墓に此花が咲き出(い)でたので花の名にしたのだという。まあ之等(これら)は追々のだが此辺の禿山を茂らせるのには杉や松よりも
鈍栗 がよかろ。此木は工業材料になる樹だ。焼石だらけの山にでも此木なら生長する。此木の利用法を知れば、使い道は沢山あるのじゃ(つづく)

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