2013年5月6日月曜日

袁清林『中国環境保護史話』との出会い


 ほん




「私は震撼するほど驚いた。そして、この中国古代の優れた環境保護の伝統を掘り起こして、世の人に知らせなければならないと思った」とは『中国環境保護史話』の著者袁清林のことばだ。
北京からFAXが届いたのは2003730日だった。その880字の文面の中にこう書かれていた。それを見て私は瞑目して天を仰いだ。
実は私が袁清林の『史話』に出会った時も同じように「震撼するほど驚いた」からだ。
袁清林が驚いたのは、中国科学院で環境問題を研究する過程で、中国の古代に環境保護の思想が存在しその制度と法律があったことを知ったからだった。
私が驚いたのは、彼の『史話』を手にして、「虞衡」と呼ばれる古代の環境保護機構の実態が明らかにされているだけでなく、返す刀で現中国の砂漠化、干拓化、森林破壊の悪の実態を鮮やかに切り捨てているからだった。そこには真実を追究する科学者の強い魂があった。
袁清林は古代の環境保護に驚き、私は袁清林の驚きをぶつけて著した書物に驚いたことになる。二つの驚きを串刺しした根源には、中国古代に確立された環境保護の思想とそれを実行した制度があった。
「世の人に知らせなければならないと思った」のは私も同じであった。この書の存在を広く日本に知らせるために、早速翻訳にとりかかった。
袁清林は厖大な古文献を引用していた。その文句に出会うたびに出典をたどりその文献に目を通す。その作業は楽しいものであった。古典文献への知識が増えてくるのが分ったし、国内で入手できない資料は中国旅行をかねて捜しに行ったからだ。とはいえ、難解な文献の場合は何ヶ月もそこで足踏みした。日本語に訳せないからだった。
2003319日。私と袁清林は北京で酒を酌み交わした。酒は沢山飲めないと言った袁清林が顔を真っ赤にして「京酒」をあおる姿に、お前を歓迎するという心が見えて嬉しかった。私は翻訳書を日本で出版したいと言い、袁清林は、それは良い、著作権は要求しないと言った。
冒頭の袁清林のことばは日本で出版する書のために送られてきた序文の中にあった。そこにはまた「文明と野蛮とを分ける分岐点は、地球を愛するかどうか、環境を大事にするかどうかにある」とも書かれていた。この書には袁清林の中国への愛と歴史への敬愛と、私自身の自然への愛と著者への敬愛が詰まっている。

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