イオニアの空
ストックホルムで「人類環境宣言」が採択された一九七二年以来、人類は環境問題という新しい課題が存在することに気がついた。その歴史はたかだか二十数年に過ぎない。しかし、古代の中国ではすでに自然を環境問題としてとらえ、環境保護のための専門の官職をもうけていた。禹の治水事業がそれであり、舜が任命した伯益の虞官がそれである。だがその後の環境破壊はすさまじかった。中国の環境破壊の歴史は、中国の歴史そのものでもあった。
敦煌の莫高窟を訪れたものは、その壁画の美しさと厖大な量の芸術に驚く。その驚きが大きければ大きいほど、莫高窟をとりまく荒涼とした砂漠とのアンバランスを不思議に思い、首をかしげる。なぜこんな砂漠にこのような遺跡が。それは時として、世界中を驚かせた秦の兵馬俑の発見や馬王堆の狹侯夫人のミイラの発見と同様、悠久な歴史を持つ中国ではさもありなんと、その神秘性に帰してあいまいに納得して終わる。しかし、かつて莫高窟の周囲は砂漠ではなかった。あれだけの壁画と彫刻が水もない所で制作されたはずはない。
本書にはこのような、芸術と文学、法制と政治との歴史的なあいまいさを埋める指摘がいたるところにある。山水詩人として名高い謝霊運は、自然の美しさを描写する詩をたくさん残したが、山水を「環境」ととらえそれを「保護」するという概念があったのだろうか。従者数百人を引き連れて、道を妨げる木を伐り払わせ、池を埋めたのは謝霊運だった。厩が焼けたとき、人間に怪我がなかったかとたずねただけで馬のことをたずねなかった孔子は、動植物に対して慈しむ心を持たない非情な人間にみえる。しかし、孔子がそうとは思えない。論語のことばは、唐・陸徳明の『論語音義』に一説を紹介するように、孔子は馬のことをもたずねたと読むのではないか。
このように自然環境という視点から中国の古典を再検討してみることは、決して無駄なことではない。私がこの本を翻訳しようと思い立ったゆえんである。
十九世紀のドイツの哲学者ヘーゲルは、「自然については過大評価も過小評価も禁物である」といった(『歴史哲学講義』岩波文庫)。ある国の歴史をとらえる上で、その土地に生まれた民族の特徴や性格と密接に関連した自然的特徴を、過大評価してもいけないし過小評価してもいけないというのである。美しい江南の自然が杜牧の詩の優美さをつくりあげる大きな力となったのは確かだが、それだけでは杜牧はつくり出せない、それがあれば必ず杜牧が出てくるわけでもないとヘーゲルはいいたいのだ。だが、おだやかなイオニアの空がホメロスの詩をうみ出したのは確かなのである。
(『中国の環境保護とその歴史』研文出版 あとがき)
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