二〇〇〇年の春南京大学を訪れたのは(二月十八日~四月三日)、古典文献研究所所長の周勛初教授の指導を得るためと、六朝古蹟の調査をするためであったが、私にはもう一つ『中国環境保護史話』の著者袁清林に関する資料を集めて帰る目的があった。
二月の南京は寒さが厳しく、毛糸の帽子、マフラー、手袋、膝掛け、座布団などの、冷気を遮断する物無くして過ごすことができなかったが、不思議なことにその生活に慣れる頃には、南京大学の研究室や資料室の使い方が分かるようになり、多くの先生方と顔見知りになることができた。
歴史系を訪れた私は居合わせた若き先生二人に袁清林のことを口頭で聞いた。だが二人とも知らないという。実はこの返事はある程度予想していた。なぜなら、昨年一年間北京大学に滞在した学友に同じことを依頼しておいたところ、北京大学歴史系の先生は知らなかったという返事をもらっていて、袁清林は歴史学の学者ではないのかも知れないと推測していたからだ。南京大学でも知らないということはやはり歴史学の学者ではない。私の困惑した表情を見て二人は、出版社に直接問い合わせてみてはどうか、出版社には著者の資料があるはずだという。
電話局の番号案内で北京の中国環境科学出版社の電話とFAXの番号を聞きだした私は、早速電話をかけた。しかし、南京から北京への長距離電話は、応対した若い女性の、出版社らしからぬあっけらかんとした対応と、電話カードの残量がみるみる減る度数と相まって、口頭で聞き出すことに限界を感じ、FAXに用件を書いて送ることにした。念のため、数日の間隔を置いて二度送ったが、結局出版社からの返事はなかった。
中国で生活していると、返事がないことやその他の不具合が起こってもいちいち気にならなくなる。これが中国なのだと、どっぷりと中国の水につかりながらぷかぷかと流れていく。流れを横切って岸に上がろうとしても岸は遙か彼方、岸に着く前に力尽きてしまう。ましてや流れに逆らって泳ぐなんて事は、考えるだに恐ろしい。これは歴史的に見て、中国の民が体得してきたことと同じものなのだろうな、と私は考えた。だから中国には万能の神、龍がいるのだ。
(中国の環境保護とその歴史』研文出版 あとがき)
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