稲の花 (『国文学報』第41号 1998年3月 80-81頁 )
稲の花
庭に水田を作って三年になる。たたみ一畳の田に水を引くと、いつの間にか
大きさの違う蛙が住み着く。昨年は蛍が一匹飛んできた。水田は生き物を呼び
寄せる宝庫。稲穂が稔ると雀の襲来が始まる。
大きさの違う蛙が住み着く。昨年は蛍が一匹飛んできた。水田は生き物を呼び
寄せる宝庫。稲穂が稔ると雀の襲来が始まる。
雀が田の稲を食べるには方法がある。飛び上がって穂の先を啄むと羽ばたき
をやめて地上に着地。稲の茎を途中で折っていく。一本また一本。食べ易いよう
に地面に引き寄せておくのだ。
をやめて地上に着地。稲の茎を途中で折っていく。一本また一本。食べ易いよう
に地面に引き寄せておくのだ。
雀も飛ぶのはしんどいらしい。地面から稲穂を啄む方が樂ならしい。心ゆくまで
籾を啄んで白い米を食べていく。
籾を啄んで白い米を食べていく。
飛び去った後の稲穂は文字通り蛻の殻。「もぬけの殻」は「裳抜け」が語源らし
いがそれは誤りで「籾抜け」が正しい、そう確信した。皆さんくれぐれもお間違えなく。
いがそれは誤りで「籾抜け」が正しい、そう確信した。皆さんくれぐれもお間違えなく。
刈り取った稲を米にする時、稲穂を落とす方法が分からない。結局、指で扱いて
籾米を収穫。今度は籾米を脱穀する手法が分からない。擂り鉢で擂っても木で叩
いても籾殼はビクともしない。稲は外面も強いが内面はもっと強い。
籾米を収穫。今度は籾米を脱穀する手法が分からない。擂り鉢で擂っても木で叩
いても籾殼はビクともしない。稲は外面も強いが内面はもっと強い。
稲の花の開花は数時間だけ。白い小さな花がひっそりと咲く。
その白い花が咲いた後、うまく受粉して一粒でも多く秋に実るようにと願う昔の人は
「雀が乳を吸いにくる」と言って雀を警戒していた。まだしっかりと実の入らない穂には、
髄液とでもいう白いどろっとした柔らかいものが入っていて、其を雀が啄む。雀に吸
われた稲穂は太らないでペシャンコの儘秋を迎えるからだ。こう教えてくれたのは尾道
美の郷中野に住む私の七十八歳の女友達。
その白い花が咲いた後、うまく受粉して一粒でも多く秋に実るようにと願う昔の人は
「雀が乳を吸いにくる」と言って雀を警戒していた。まだしっかりと実の入らない穂には、
髄液とでもいう白いどろっとした柔らかいものが入っていて、其を雀が啄む。雀に吸
われた稲穂は太らないでペシャンコの儘秋を迎えるからだ。こう教えてくれたのは尾道
美の郷中野に住む私の七十八歳の女友達。
彼女は、裸足で踵をつけて一回転しなさい、四、五粒籾殻が弾けて玄米が飛び出
しているようなら、完璧に乾燥している目安となります、それを藁を叩く木槌で叩くと
容易に籾殻と米とが分かれるのよ、とも教えてくれた。
しているようなら、完璧に乾燥している目安となります、それを藁を叩く木槌で叩くと
容易に籾殻と米とが分かれるのよ、とも教えてくれた。
数千万年前から咲き続けてきた稲の白い花を見て、人と稲との長いつながりを思った。
私は、その原始からの繋がりの輪に初めて入ることができたのだ。
私は、その原始からの繋がりの輪に初めて入ることができたのだ。
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