2013年5月6日月曜日

もものえだ そやにい 古座の言葉



  

 
 熊野の古座は江戸の昔から捕鯨と材木でさかえた。
 その古座には、目上の人に向かって使う言葉と、友達や同年配のものに向かって使う言葉と、年下のものに使う言葉の三通りがある。古座の人々は昔からこの使い分けを厳しく躾けられてきた。

 たとえば、相手に「おまえ、あなた」と呼びかける時、目上の人には「おまん」と言い、同年配には「おまえ」といい、年下には「われ」という。
自分のことを「わたし、ぼく」と言う時には、目上の人の前では「あて」といい、同年配の前では「わし」といい、年下の前では「おら」と自分のことをいう。
また、「そうですね」と言うように、軽く詠嘆したり念を押す気持を表すときは、目上の人には「そやにぃ」といい、同年配には「そやのぉ」といい、年下には「そやなぁ」という。
自分の意志をこめて「そんなことをしてはいけないよ」と念を押す時に、目上の人には「あかんじぃ」といい、同年配には「あかんなぁ」といい、年下には「あかんどぉ」という。
「しなさい」と、相手を励ましつつも念を押すように相手の同意を求め、自分の願望もこめていうときは、目上の人には「しやんしよ」といい、同年配と年下には「せえよ」という。

 かくも厳密に言葉の使い分けをする古座には、人と人との長くて深い結びつきがあり、集落のこみ入った関係があり、何十もの世代が培ってきた文化があるといえよう。それが厳密な言葉の使い分けを生み出してきたのではないか。
 かといって、古くて因習的なうっとうしい土地というわけではない。古座では大正時代からすでに、後ずさりすることを「ごすたん」といい、じゃんけんぽんをするときは、じゃんけんといわずに「わんすりー」といっていた。
「ごすたん」は船の後進を意味する「go astern」ゴーアスターンという英語で、「わんすりー」も「one two three」ワンツースリーの英語を略したもの。古座の子どもたちは習慣的に英語のかけ声でじゃんけんをしていたことになる。

『もものえだ 古座田辺白浜と四季』収

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